「それは、5年前のある晴れた夏の日の出来事だった。都市から離れた小さな海辺の村に、田崎家という家族が住んでいた。両親とその一人息子の三人家族だった。息子の名前は優希。彼は親と同じく村の人々から愛され、海にも親しみを感じていた。
その日、優希は村の友人たちと海で遊ぶ約束をしていた。幸せそうな笑顔を浮かべながら、彼は手作りのサンドイッチと水筒をリュックに詰め込んだ。その様子を見た母親は、微笑んで頭を撫でて、”気をつけてね”と言った。
優希と友人たちは、村の少し外れにある秘密のビーチへ向かった。それは村人たちの間で「神聖な場所」だと言われていたが、子供たちはそれが理由でより興奮していた。そこには村の神秘的な伝説があり、神々しい雰囲気が漂っていた。
彼らは海で楽しく遊んだ。水鉄砲で戦ったり、砂で城を作ったり、時にはただただ波に身を任せて浮かんだりした。海の水は暖かく、空は青く、太陽は明るく輝いていた。まるで絵のような、完璧な夏の一日だった。
しかし、その後、事態は一変した。優希は海で泳いでいる最中に足がつり、助けを呼びながら海の底へと引きずり込まれていった。友人たちは必死に助けようとしたが、彼らもまた子供で、力が及ばなかった。悲鳴と泡だけが海面に残り、それが静まり返った海岸に響き渡った。
村人たちはすぐに救助を試みたが、優希を見つけることはできなかった。そしてその日の夜、田崎家の前に、優希の遺体が打ち上げられた。彼の顔は平穏だったが、まだ暖かさを保っていた手は、何かを掴もうとして力強く固まっていた。」
優希の死によって、田崎家は深い悲しみに包まれた。特に母親の悲しみは深く、彼女はほとんど部屋から出てこなくなった。父親は、息子を亡くした悲しみと、妻を支えるために必要な強さとの間で揺れ動いていた。
数週間後、田崎家には村の人々からの慰めの言葉や花束が届くようになった。その中には、優希の遺品として、その日の海辺で撮られた写真が含まれていた。その写真は優希が海で楽しそうに遊んでいる瞬間を捉えていた。彼の顔は幸せそうで、まるで生き返ったかのようだった。
父親は、この写真を現像しようと決めた。それは、少なくとも優希の笑顔を家に留めておきたいという願いからだった。そして写真店に行き、写真を渡すと、店員は丁寧にそれを受け取り、数日後に完成することを告げた。
数日後、写真が現像されたと連絡があり、父親は取りに行った。彼は胸の高鳴りを抑えながら、家へと急いだ。しかし、家に戻って写真を開くと、彼の顔色が変わった。
写真には、優希が海で遊んでいる様子が映し出されていた。彼の笑顔、彼の活気、それはまるで生きているかのようだった。しかし、それだけではなかった。海から、優希に向かって、無数の白い手が伸びていた。その手は、優希を何かに引き込もうとするかのように、彼に向かって伸びていた。
父親は驚愕し、息をのんだ。その写真を見て、彼は理解した。それは、優希が海に引きずり込まれる直前の瞬間だった。そしてその無数の白い手は、海の底から優希を引き寄せる何かだったのかもしれないと。
父親の手から写真を滑り落ち、それは床に落ちて彼の足元で開いた。彼は再びその写真を見つめ、その白い手々が伸びている海を見つめた。彼の心は恐怖と混乱でいっぱいだった。
彼はその写真を母親に見せるかどうかを迷った。しかし、最終的に彼は、真実を共有することが彼らの悲しみを癒す一歩になるかもしれないと考え、写真を母親に見せることに決めた。彼は彼女を呼び、写真を手渡した。
母親は写真を見て一瞬固まった。その後、彼女の顔色は青白くなり、その場に座り込んだ。彼女の目は涙で溢れ、その写真を見つめながら、彼女は静かに泣き始めた。
その後の数日間、田崎家は静まり返った。写真はリビングのテーブルに置かれ、誰もそれを動かすことはなかった。その写真は、彼らの心に深い痛みを残した。
しかし、その中で一つ奇妙なことが起こった。母親がある日、写真をじっと見つめていると、彼女は何かを発見した。それは写真の端、海から遠く離れたところにある小さな白い点だった。
母親は近くの虫眼鏡を取り、その点をよく見てみると、それはまた一つの白い手だった。しかし、その手は他の手とは違っていた。他の手が優希に向かって伸びているのに対し、この手は逆方向、海から遠ざかるように伸びていた。それはまるで、何かから逃れようとするかのように。
それから数日後、村の住人たちは田崎家の悲劇についてささやき始めた。写真の噂は村中に広まり、村の人々は恐怖に打ち震えた。しかし、その中でも、田崎家は悲しみを乗り越え、生きていくために戦っていた。
ある日、田崎家の父親は村の神社に行き、村の長老に相談を持ちかけた。写真を見せ、その異常な事態について説明した。長老はしばらく黙って写真を見つめ、深く考え込んだ。
そして、長老は父親に向き直り、言った。「これは、我々の祖先が語り継いできた伝説の一部かもしれない。海は生命の源であり、またその終わりでもある。海は我々を守る存在である一方で、時には我々を試すこともある。この写真に映る白い手々は、おそらくは海神の手かもしれない。そして、逆方向に伸びるその一つの手は、おそらく優希君自身が闘っていた証かもしれない。」
父親はその話を聞き、深く考えた。そして、彼は自分の家族と村の人々に話すことを決めた。彼は写真を持ち帰り、母親と一緒に長老の言葉を共有した。彼らはその話を聞き、一緒に涙を流した。
それから数年後、田崎家はほんの少しずつ立ち直り始めた。彼らは優希を忘れることはなかったが、彼の記憶を心に留めつつ、生活を再建していった。写真は家族の宝物となり、優希の勇敢さと闘志を示す証となった。
そして、村の人々もまた、優希の話を子供たちに語り継いでいった。白い手の伝説は、村の一部となり、海との関わりを敬う重要な教訓となった。そしてそれは、優希が生きた証として、田崎家と村の人々の心に深く刻まれていった。
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