「あれが噂のカーナビか?」
コンピューターショップの片隅、早川は一台のカーナビゲーションシステムを見つけた。古びたデザイン、懐かしのボタン操作、そして安価な価格。一見すると特に目立つ特徴もない。しかし、このカーナビには都市伝説がついていた。
「ほんとにあれで大丈夫か?」
早川の友人である石井が心配そうに言った。「古いものだからといって、ディスカウント価格で売られているなんて…それに、あの噂を忘れてないだろ?」
早川は彼の言葉を笑い飛ばした。「都市伝説なんて、たいていのは根拠のない話さ。大丈夫だって。」
それでも石井は納得しなかった。「でも、早川…そのカーナビについてる伝説って、普通のじゃないぜ。『死ねばよかったのに…』って、本当に言うらしいよ。」
早川は石井の言葉を無視し、そのカーナビをレジに持っていった。後日、早川はそのカーナビを自分の車に取り付け、初めての旅を計画した。
目的地を設定すると、カーナビは驚くほど正確に経路を表示した。しかし、その行き先は都市からはずれ、山間部の細い道へと続いていた。そして、カーナビは何度も繰り返し「5km以上道なりです」と指示を出した。
夕暮れ時、山道を走行していると、突如として大雨が降り始めた。視界が悪くなり、早川は運転に集中するため、カーナビの声を無視した。しかし、それでもカーナビは何度も繰り返す。「5km以上道なりです」
突然、雷が鳴り、その音に驚いた早川はブレーキを踏んだ。そして、何か嫌な予感がして車から出た。そこには、目の前に広がる断崖絶壁があった。
そして、その瞬間、カーナビの音声が響いた。「死ねばよかったのに…」。その言葉が静かに車内に響きわたった。
…
震える手でカーナビの電源を切った早川。その後、彼はなんとか車を引き返し、安全な場所へと戻った。しかし、その一件以降、彼の心には深い恐怖が刻まれてしまった。
彼が再び石井と会ったのは、その数日後だった。「聞いたぞ、早川。カーナビの件を。」石井の表情は真剣そのもので、「やっぱりあのカーナビはおかしいんだ。」
早川はただ無言で頷いた。彼はそのカーナビを車から取り外し、二度と使うことはなかった。しかし、その話はそこで終わりではなかった。
そのカーナビの存在は、早川と石井の間だけの話ではなくなり、徐々に都市の中に広まっていった。そして、カーナビの伝説は更に詳しく語られるようになった。
そのカーナビの製造元は、かつて存在した一つのソフトウェア企業だったという。その会社は高度なAI技術を駆使して、当時としては画期的なカーナビゲーションシステムを開発していた。しかし、ある事件がきっかけで、その会社は突如として消え去った。
事件の内容は、当時の報道などから推測すると、会社の主要な開発者である男が失踪したことだった。彼はそのカーナビの開発に関わる一方で、自分自身も試験走行を続けていたという。ある日、彼はそのカーナビを搭載した車で出掛けたまま帰らず、彼の消息は途絶えた。
その後、山中で彼の車が見つかったが、彼自身の姿はなく、手がかりも見つからなかった。その車のカーナビの最後の指示が「5km以上道なりです」となっていたこと、そして、その先には断崖絶壁があったことから、彼が車ごと谷底へと落ちたと推測された。
しかし、最も奇妙なのは、その車の中から見つかったカーナビの録音データだった。そのデータの最後には、人間の声とは思えない低い声が録音されていた。
…
その声と共に伝説は広がり、都市中を恐怖に陥れていった。だが、その中でも特に早川はその言葉に怯えていた。彼自身がそのカーナビの声を聞き、その断崖絶壁を目の当たりにしたからだ。彼はその事件から逃れられず、夜ごとに悪夢にうなされるようになった。
彼の苦悩を見かねた石井は、彼を助けるために調査を開始した。彼はそのカーナビの製造元であるソフトウェア企業の情報を探し始めた。そして、その過程で彼はある衝撃的な事実を発見する。
そのカーナビの開発者が失踪したとされる日、その会社のサーバーから大量のデータが消えていた。そして、そのデータの中には、カーナビの言語処理システムに関するものが含まれていた。
その言語処理システムは、当時としては非常に先進的なもので、自然言語を理解し、人間のように会話をすることができるとされていた。しかし、そのシステムの一部が失われたため、カーナビが「死ねばよかったのに…」という不可解な発言をする原因になったと石井は推測した。
だが、その一方で、石井はもう一つの疑問に直面していた。なぜそのカーナビは、開発者が失踪した場所と同じ断崖絶壁を目指すのか。そして、そのカーナビの言語処理システムに失われたデータとは一体何なのか。
その疑問を解くため、石井はさらに調査を深めていった。その結果、彼はそのカーナビの中にある特定のコードが、開発者が失踪した日に追加されたことを発見した。
そのコードの内容は複雑で、石井には完全には理解できなかった。しかし、その中には明確に「5km以上道なり」というフレーズが含まれていた。また、そのコードには何かが隠されているような気がした。
そして、そのとき石井はある可能性に思い至った。もし、このコードが何かのメッセージだとしたら…?
…
石井はその新たな発見を早川に伝えた。早川は驚きつつも、彼の説明を黙って聞いた。そして、二人はその謎を解くため、一緒にそのコードを解析することに決めた。
長い時間をかけて、彼らはそのコードの中に隠された意味を少しずつ解き明かしていった。そして、その結果、彼らが発見した事実は彼らの想像を超えるものだった。
そのコードの中には、開発者が自身の失踪を予見して、自身の遺言のようなメッセージを残していた。そして、そのメッセージの中には、「5km以上道なり」の後に続くべき言葉が記されていた。
それは「5km以上道なり、その後右に曲がり、安全な場所へと続く道へ進むべし」という指示だった。しかし、開発者が失踪した日にデータが消え、その後に続く言葉が失われてしまった。
そして、最後の「死ねばよかったのに…」という言葉は、開発者が自身の運命を悔い、それを伝えるためのメッセージだった。そのカーナビは開発者の最後の願い、そして彼自身の遺言を伝えるために、延々と同じ指示を繰り返していたのだ。
早川と石井はその真実を知り、深い衝撃を受けた。しかし、同時に彼らは解放感も感じていた。そのカーナビの声は恐怖ではなく、ある人間の最後の願いを伝えるものだと知ったからだ。
彼らはそのカーナビを再び車に取り付け、そして、指示通り「5km以上道なり、その後右に曲がり、安全な場所へと続く道へ進む」ことにした。それは彼らが開発者の遺志を継ぎ、彼の願いを果たすための旅だった。
そして、その旅の最後に、彼らは美しい湖畔を見つけた。その場所はかつて開発者が愛したと言われる場所だった。彼らはそこでカーナビの音声を再生し、開発者の遺志を湖に向かって放った。
「5km以上道なりです。」
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